確率~数学者の嘘
ここまで数学の計算を基にカジノについて見てきた。数学者に限らずカジノやギャンブルに対する見方はいつの時代も厳しいものだ。
「ギャンブルで勝つためにはプレーしないこと」
「ギャンブルで勝つためには胴元になること」
こういった意見をすっかりわかりきったような顔で言う。
しかし、彼らは知らない。勝ち続けている人がいることを。
ギャンブルは運もある。しかし、古くからテクニックが存在するように必勝法は必ず存在する。私はカジノしかやらないのでその他のギャンブルは詳しくないが、少なくともカジノは勝てる。
数字を並べ実際プレーもせずに勝てないことを証明することは簡単だ。なぜなら、カジノはそう言った計算を基に作られている。ビジネスなのだから当然である。プレーヤーが勝つようには作ってくれないだろう。
必勝法がないと言っている人たちはその数字だけを見ている。しかし、私たち必勝法を探す人間は数字だけで探しているのではない。数学では説明できないようなことが必ず起こるのに、彼らは知らないのだ。彼らには致命的な「経験」が欠けている。
数字でいくら勝てないことを証明する人はいても、モンテカルロのカジノがつぶれた歴史を証明する人は誰もいない。イギリスで一般男性が勝ち過ぎて出入り禁止になった事実を証明しようとする者は誰もいない。勝った事実は無視され負けた事実だけが話題になる。
彼らの中に、正義感はない。我々を借金から守ろうとか、お金を無駄にしないように助言してあげようなどと思って数字を並べる者はいない。ただ、論破したいだけだ。
必勝法は治療方法を探すのに似ている。たくさんの犠牲を払い身を削り、血を流して見つけ出されたものである。医療行為のように誰かを救うものではないから、そんなもののためにそんな思いをするのは馬鹿げているだろうか?
だれも救われない?本当に?
それが正しいことかどうかは人それぞれだろう。ここでは置いておくとして。
数字を並べても勝てないことの証明にはならないということだ。
どんな夢も叶わないと証明できる人がいないように、カジノだって勝てないと証明できた者を見たことがない。
しかし、勝てる証明はすでにされている。